|
朝夕が随分凌ぎやすくなった10月8日、港46期・浜本さんにお話しいただきました。女子バスケット部で一期上の先輩及び同期男女2名も応援に駆けつけてくれた中、まずは港高校在学時の話からスタート。バスケを中心に高校生活を楽しんでいたが、勉強・進学に強い思いを抱かず就職をすることに。 しかし、当初はバブル後の就職氷河期。進路指導の先生とも相談をしてあちこちアプローチをしたが上手くいかず、お先真っ暗になっていた。そんな時、参考に調べていた過去の卒業生の就職先リストに自宅すぐ近くの海運会社を発見。先生からその会社に打診してもらったところ「近所にお住まいなら」と道が開けて目出度く就職できた。
|
 |
 |
|
昭和の職場では当たり前のような男女の扱いの差はあったけれど、仕事も順調にこなしていたが、時代と共にシステムが進化して事務職員の仕事が激減してきた。本人は営業的なこともさせてほしいと会社に提案したが「出張もある営業の仕事を女性にはさせられない」と言われ、のんびり会社にいて給料がもらえるならいいじゃないか、との声もあったが浜本さんはそんな後ろ向きな生活は嫌だと退職し、第2の就活をすることになった。
|
|
しかし、またまた時代はリーマンショックで企業の門は閉ざされ気味。ハローワーク通いの紆余曲折の後に現在の契約社員としての職に就いた。会社の人たちにも優しく受け入れてもらい現在まで勤続を続けてきたが、ふと、退職後に何をしようか?との思いに駆られ、副職もOKの今、将来を見据えて何かトライしていきたいと『六の花・咲かそう会』に顔を出したそうだ。 |
|
|
『六の花・咲かそう会』の存在意義・目的・メリットを端的に表現・活用できる浜本さんのアプローチを全員が歓迎して、あれこれと意見・提案も出て充実した会になったと思う。 今後の浜本さんの活動に会としても注目していきたいし、40期代の同窓生にも良い同窓会の活用例として残ってくれれば大変嬉しく思います。
|